2009年10月31日土曜日

マイフェイバリットゲームその3

私が大好きだった試合の勝手にランキング付け3回目です。

4位 1994年(?)プレミアリーグ マンチェスター・ユナイテッドvs
                     ブラック・バーン
  深夜だった。「珍しくテレビでプレミアリーグやってんなあ」
  とか思ってみていたら、マンユーの速さ、うまさに引き込まれていった。
  全員がうまいし速い。
  アーウィン、パリスター、パーカー、インス、カントナ、ギグス、
  カンチェルスキス、マーク・シューズ・・
  前に日本代表の4-2-3-1の右サイドウィングを俊輔がやるのは
  違和感があると書いた。
  それは、このときのマンユーがほぼ同じシステムで、左にギグス、
  右にカンチェルスキスを置いているからだ。
  この2人、半端じゃなく速いし、ドリブルも超うまい。
  このときのギグスは今のメッシに引けをとらないほどだった。

3位 1985年 トヨタカップ ユベントスvs
                アルヘンチノス・ジュニアーズ
  私が中学生のとき。
  友人がチケットを買ってくれて、4,5人で国立まで行った。
  そのとき初めてプラティニを見たが、
  まさにファンタジスタだった。
  幻のゴールを生で見た。
  逆のゴール裏だったので少し遠かったが、すごかった。
  観客は大きなどよめきとオフサイドとなったときの
  「あ~」という声で落胆した。
  「将軍」と呼ばれるわけがよくわかった。
  今年は「バルサが来る!」と思っていたが、
  日本でやらないらしい。残念・・。

2位 1993年 セリエA ACミランvsトリノ(?)
  この時のミランはすごかった。
  ミランは89年から94年までの間に、トヨタカップに
  4回出場している。これらの試合、すべて挙げたいが
  深夜テレビでやっていた、セリエの試合の方が
  インパクトが強かった。
  ミランは守備が強いイメージがあるが、やっていることは
  今のバルセロナに近い。ボールを取られた時点から、
  近くにいる2,3人であっという間にボールを
  奪って、マイボールにするか、カウンターにするかである。
  その攻撃力も今のバルサと引けをとらない。
  レンティーニ、ドナドニ、アルベルティーニ、ライカールト、
  ファンバステン、パパン・・・
  さらに世界最強ディフェンスラインがある。
  マルディーニ、コスタクルタ、バレージ、パヌッチ。
  この時のミランと今のバルセロナ、どっちが強いだろう?

1位 イタリアW杯 グループリーグ コロンビアvs西ドイツ
  コロンビアが、後半ロスタイムにリンコンが
  GKのイルクナーの股間を抜いたシュートで
  グループリーグ突破を決めた試合である。
  当時のコロンビアは大きなインパクトを与えてくれた。
  バルデラマ、アルバレス、リンコン、イギータ・・。
  名前を思い出せないが、全員うまい。
  ブラジルとは違う、コロンビア独特の柔らかいタッチと
  パス回しだった。
  それに対して西ドイツ。
  この時が最強世代だったのだろう。
  あの屈強さにプラスされた速さとうまさ。
  ブレーメ、コーラー、アウゲンターラー、ロイター、
  ブッフバルト、マテウス、リトバルスキー、へスラー、
  フェラー、クリンスマン。
  改めて見ても、よくここまで揃ったなあと感心する。
  コロンビア、西ドイツとも、お互いの持ち味が出てたし、
  最後のリンコンのゴールで大変感動した試合だった。

またW杯で、1位の西ドイツvsコロンビアのような試合が見たい。
22人全員がスキルの高さとスピードを見せてくれると
オーケストラのような美しい響きになる。
今はスペインの試合で、その響きを聴けると思うが、
スペインと対戦するチームにも同じ響きが欲しいところだ。


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2009年10月30日金曜日

マイフェイバリットゲームその2

大好きだった試合を勝手にランキング付けの2回目です。

7位 2008-2009CL準決勝 チェルシーvsバルセロナ
  最近のバルセロナの試合を入れたくて選んだ。
  内容的にも、守りのチェルシーがバルサを好きにさせなかった
  というものだし、主審のいわくつきの判定があったし、
  あまり見ることをおすすめできるものではない。
  ただ、後半ロスタイム、イニエスタのゴール。
  体力ほとんど限界の状態で、あれが打てるか?という
  衝撃だけである。
  また、そのときのベップの「おっ」という顔から「入った!!!」
  という歓喜のガッツポーズはいつ思い出しても鳥肌が立つ。
  
6位 2000年(?)5月Jリーグ ジュビロ磐田vs
                   鹿島アントラーズ(国立競技場)
  観客として生で見てジュビロの黄金期のすごさを実感したゲームだった。
  この試合だけでなく、ジュビロは本当に美しいサッカーをしていた。
  古川、鈴木秀、田中誠、服部、西、名波、藤田、福西、奥、中山、高原。
  日本人だけで、これだけのチームが作れたことはすごいと思う。
  どういう過程で、どういう練習で作れたかが知りたいところだ。

5位 1990年イタリアW杯 ユーゴスラビアvsスペイン
  ストイコビッチを初めて見た試合だった。
  まあ、とにかくストイコビッチはすごかった。
  とくに、ドリブルが速いし、フェイントもうまかった。
  ユーゴには他にも、ユーゴビッチ、パンチェフ、サビチェビッチ
  などがいて、うまく表現できないが、スペクタルなサッカーを
  していた。
  また、スペインにはマルティン・バスケスという選手のドリブルが
  速いし、小刻みなステップで2,3人をかわしていくシーンが
  何度かあり、見応えがあった。
  ユーゴは勝ち上がって、準々決勝でアルゼンチンにPK戦で敗れて
  しまったが、ユーゴの方がアルゼンチンより内容では上回っていた。
  優勝できる力があったのに、残念に思った。

 私は、大体試合を見るときに、「いい選手いないかなあ」
としばらく見て、見つけるとその選手に釘付けになる。
そういう選手が試合の中に多いと、その試合の魅力に引き込まれていく。
そういう試合が私にとって「いい試合」の基準である。
2002年くらいから2006年くらいまで、あまり「いい試合だな」と
思える試合がなかった。
そのうち、サッカーを見ていても、気持ちが冷めてくるようになった。
 しかし、2006年くらいからバルセロナを見て、自分のサッカー熱を
思い出させてくれた。
ダイレクトでぽんぽんつなぐと思いきや、ロナウジーニョのドリブル、
メッシのドリブル、デコのスーパーシュート、イニエスタのトラップ。
1つ1つが本当に衝撃だった。

Jリーグにも、昔のジュビロのようなチームが欲しい。
巨人のV9に匹敵するようなチームが出てきたほうが、面白いと思う。
他のチームはそのチームを倒すことが目標になる。
淡い期待だが、がんばっていただきたい。


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2009年10月29日木曜日

マイフェイバリッドゲーム

今日から3回に分けて、私が大好きだった試合を勝手に
ランキング付けして書きます。

10位 1986年メキシコW杯 アルゼンチンvSイングランド
   この試合、マラドーナの5人抜きと神の手ゴールが有名だが、
   試合のすべてを見ると、他にもハーフウェイラインの
   後ろくらいから4人くらい抜いてシュートまで
   持っていっているシーンもあるし、
   バーンズかリネカーに点を取られた後のすぐ後のキックオフで、
   マラドーナがドリブルで相手2トップの間を
   マルセイユ・ルーレットで抜き去ったりと、
   まさにマラドーナ劇場で、主演マラドーナ、
   後は脇役のような試合だった。
   神の手ゴールも、ハンドが強調されるが、その前の、
   あれだけ中央にディフェンダーがいるのに、
   中央を突破しようという発想がすごいと思った。

9位 1997年アジアW杯予選 日本vsイラン(ジョホールバル)
   日本が初めてワールドカップ出場を決めた試合だ。
   名波から中田へのパスや、中田からゴンへのパス、中田から城への
   ドンピシャアーリークロスなど、見ごたえのあるシーンが多かった。
   イランの方は、日本のマスコミの情報ではアリ・ダエイと
   アジジの2トップがすごいとしかなかった。
   しかし、試合を見るとイランの中心選手は違った。
   まだ20才くらいのマハダ・ビキアだった。
   前半のバーに当てたシュート。
   後半すぐの得点(ダエイのヘディング)でのセンタリング。
   延長後半での右サイドからのアーリークロス。川口が出て行けず、
   井原も届かないところ入れて、アリ・ダエイには届くボール。
   すべて、マハダ・ビキアだった。
   日本のマスコミは点を取る選手しかあまり興味がないのかな
   という印象が残った試合である。

8位 1998年フランスW杯 オランダvsアルゼンチン
   どちらかというとオランダが優勢だったが、アルゼンチンも
   ミスがなく、見ていくと引き込まれる試合だった。
   しかし、このときのオランダは強かった。
   ファンデルサール、デプール兄弟、ダビッツ、ベルカンプ、
   クライファート、スタム、オーフェルマルス等、スター選手が
   そろって綺麗なパスを回し、最後はデプールの超正確な
   ロングキックをベルカンプが最高のトラップと切り返しから
   シュートを決めて勝つというロスタイムでの劇的な幕切れを
   作った。
   現ACミランのエース、セードルフが出れないくらい、豪華
   メンバーだった。
   また、監督もフース・ヒディングだったこともある。
   ヒディングは緻密な戦術家のイメージがあるが、
   どちらかというと熱血漢だ。
   スター選手相手でも、どなり、胸倉をつかんだりするらしい。
   準決勝でブラジルにPK戦で負けてしまったが、
   オランダを応援していたのでショックだった。

 古い試合が多くなったが、昔のチームは相手のよさを
消すことよりも、自分たちのよさを出そうというチームが
多かったように思う。
 86年のアルゼンチン対イングランドの
イングランドディフェンスも、マラドーナをファールで止めよう
と思ったら止められたかもしれない。
しかし、それはフェアプレーが当然だった時代の選手にとって、
そういう発想があまりなかったのではないか。
今の「怪我させてもかまわない」ディフェンスが当たり前に
なった昨今では、マラドーナと同じような選手が出てきても、
「持ちすぎるからつぶされるんだよ」と
批判の対象になるかもしれない。



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2009年10月28日水曜日

センターバックのモデル

今、若いサッカー選手たちは、誰をディフェンスの
手本にしているのだろうか?

私は大学に入って4年間、チームの事情もあって
スイーパーを任された。
高校でもディフェンスは習ったが、本腰入れて、
スライディングタックルなどを練習した。
また、自主練では友人に高いボールを蹴り上げて
もらってヘディングをしていた。
スイーパーをやって感じたことは、サッカーは
ポジション変われば別のスポーツだなということだ。 
小中高と、オフェンシブなポジションしか経験したことが
なかったので、それらの技を使う頻度が少なくなるのは
残念だったが、スイーパーはスイーパーで面白かった。
ディフェンス全体を統率できるし、スライディングタックルが
決まると気持ちよかった。
また、バック4人でラインコントロールもやってみた。
相手のトップが、真ん中から外に流れたとき、そのトップは
最終ラインのスイーパーの位置が視界から外れるので、
そのときにラインをすっと上げて、オフサイドを取ったりした。
これも、決まると気持ちよかった。

私は試合の前の日は、必ずといっていいほど、一人の選手の
VTRを見ていた。
その選手でイメージトレーニングをよくしていた。
ACミランのジャン・フランコ・バレージである。
1対1が強いし、足も速くカバーリングも的確で、
読みも鋭く、ヘディングも強く、ラインも統率し、
両足が蹴れて、スライディングも綺麗。
文句の付け所がなかった。
解説の加茂さんも、「ボールがないところのバレージを
見ているだけで楽しいですね。」と語るほどだった。

今も素晴らしいセンターバックはたくさんいる。
テリー、カルバーニョ、マルケス、ファーディナンド・・
しかし、残念ながらバレージを超える選手はいない。
ディフェンスで、あれだけ魅せることが出来たのは、
バレージだけかもしれない。

サッカー選手にとって、どんな選手に憧れるかは、
大事なことのように思う。
お手本があれば、何をどうすればいいかわかるし、
練習でもバレージになったような気になって、意欲が出てくる。
今の若いセンターバックにとって、テリーやマルケスが
その対象になっていればいいが、そうでなければ、
新たなスーパーセンターバックが出てくるのを
期待するしかない。


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2009年10月27日火曜日

フェイントのすすめ

私がもっともサッカーの面白さにはまったきっかけは、
フェイントである。
小学校のサッカースクールのコーチから最初に教わったのが、
左にステップして、右に出るという、もっともシンプルなフェイントだ。
最近のプロの試合でも、たまに見かけるが現在は
トラップのときに使う選手が多い。
マッチアップで使っても読まれやすいのだ。
ロナウジーニョがエラシコをあみだしたのも、
そのフェイントが読まれることを前提にしている。
小学生の私は、よくそのフェイントを練習した。
ミニゲームでもそのフェイントよく使うようになり、
回りの友達からは、私の苗字と組み合わせて○○フェイントと
と呼ばれたりした。
他にコーチから教わったフェイントは、またぎのフェイントだ。
右足でボールをまたいで、左に行くと見せかけるというやつである。

その後、小中高と歳をとってもフェイントは大好きだった。
テレビを見て、「これ使いたいな。」と思ったものを取り入れる。
木村和司さんが使っていたフェイントをよくまねていた。
木村和司さんが右ウィングで出てた頃、左足側にボールを置いて、
右足で欽チャン走りみたいな動きをして、左足で右にボールを運んで
抜けるという、滑稽なフェイントを使っていたが、
回りの友人も、他のプロも誰も使ってなかったので、
木村和司さんからあのフェイントを受け継いだのは
私だけだと思っている。

また、ラモスさんがボールを持っているときにいきなり止まり、
あたかも笛がなったかのようなしぐさをして、
地面にあるボールを手でとろうとして、縦に抜けるという信じられない
フェイントを使っていたが、「さすがにこれは使えないなあ。」
と思ったりした。

また、高校生のとき、高校サッカーもよくテレビでやっていたので、
技を取り入れた。
暁星高校の西念君だったと思うが、体を左右に振って2ステップ
でかわすだけだったが、次の日の練習前の個人練習で繰り返し
やったりした。

また、これも高校生のとき、自分でオリジナルのフェイントを
作ったりした。
左足でまたいで、またいだ左足を残しながら、右足でちょんと前に出して、
残した左足のアウトサイドで左に出るという技である。
ちょっと難しいフェイントだったので、練習前の個人練習で2週間
くらいかけて体得した。
20才くらいのとき、テレビを見ていたら、そのフェイントを
ブラジル代表のカフーが使っていた。
「いつ、俺のプレーを見てたんだろう。」などとうぬぼれた。
また、松井大輔の本にもあった。
止まった状態でのマッチアップでしか使えなかったが、
使ったらだいたい成功した。
いまだに、フットサルで使っている。

フェイントは、複数覚えると、組み合わせて使えるようになる。
キックフェイントとシザースを組み合わせてもよいし、
またぎとシザースを組み合わせてもよいし、
技が増えていくとどんどん楽しくなってくる。

プロの技でも、フリーでまず個人練習をしてみれば、
それほど難しくはない。
マルセイユ・ルーレットも、フリーであれば、ばんばん出来る。
ミニゲームか何かで、使うタイミングとかをマスターすれば
それはもう自分のものになる。(と思う)

フェイントには著作権がない。
テレビで見て、使いたいものがあれば、
後はひたすら個人練習をするだけだ。
時間をかければ、体得できるものなのだ。

中村俊輔がインタビューで「サッカーの醍醐味は?」
と聞かれたとき、「相手の逆をつくこと」と答えていた。
私は大変共感した。

まだ、現役選手の方は是非、フェイントおたくになって欲しいと
思います。以上、フェイントのすすめでした。


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2009年10月26日月曜日

人間関係の影響

私が高校1年生のとき。
1つ上の先輩(2年生)で、めちゃくちゃうまい人がいた。
自分の人生で会ったチームメイトの中で、
最も才能があると思った人である。
もともと足が速いため、ドリブルが速い。
フェイントやターンも速くてうまいので、1対1でも、
ササーっと抜く。
シュート力もあり、左右両方、強烈なシュートが蹴れる。
パスも正確だ。
ただ、身長が165cmくらいだったので、ヘディングだけが
いまひとつだった。
私は練習中、先輩のプレー1つ1つに惚れ惚れしていた。
しかし、我が強かった。
普段は明るく面倒見がよくやさしいが、かなりけんかっぱやかった。
その先輩は、その学年1つ上のキャプテン(3年生)と仲が悪かった。
確か、こんなやりとりだった。
「おい、そこのボール取って来いよ。」とキャプテン。
「なんで俺が取ってこなきゃいけないんだよ!」と先輩。
一般的には、キャプテンでかつ1つ学年が上なのだから、
従うところだが、その先輩はカチンとくると、
言わずにはおれないタイプらしい。
その日ではないが、殴り合いのけんかをしたという。

その先輩は、このけんかの件で、監督に「辞めます。」と言った。
監督は、せっかく才能のある選手を手放すことができないので、
「もう数ヶ月で、3年生は引退するから、我慢しろ。」と説得。
先輩は、「じゃあ、あいつ(キャプテン)と一緒には試合で
使わないでください。」と言った。

結果、そのキャプテン最後の選手権で、キャプテンが出て、
その先輩はベンチスタート。
先に点を取られ、負けていたので、後半残り20分くらいで、
その先輩は出場したが負けてしまった。
監督としては、「仲良くやってくれればな・・」
という思いがあっただろう。

どのチームも、チームを作る上で、おそらく最も難しいのが
こういう人間関係のところではないだろうか。
監督も、選手間の人間関係に手を出し辛いだろうし、
他の選手が間に入り、仲介役になることがベストだが、
なかなかそんな立派な生徒は少ない。

しかし、日々練習を一生懸命してきて、チームとしてのベスト
を尽くせないのは残念である。
チーム作りは、個の技術、個の体力、個のスピード、
全体の攻撃の仕方、全体の守備の仕方だけでなく、
人間関係も作っていくことを監督だけでなく選手も含めて
考えたほうが良いのかなと思う。


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2009年10月25日日曜日

大敗

私が中学1年生のとき。
小学生のときのサッカースクールのコーチから、おかしな依頼を受けた。
そのコーチいわく、
「自分の友人のジュニアユースチームが、練習試合を組んでいたが、
人数不足で出来なくなった。変わりに試合に出てくれないか。」
という話だった。
中学生の私たちは、中学の監督の許可も得て、
練習試合をすることになった。
私はキャプテンに、「どこでやるの?」と聞いた。
「川崎だよ。」とキャプテン。
「相手はどういうチーム」と私。
「読売クラブのジュニアユース」とキャプテン。
「え!?」と私は驚いた。
読売クラブは東京Vの前身だ。
その当時の読売クラブは、武田、ラモス、戸塚、都並などがいて、
JFLのトップをいつも、日産と争っていた。
そのチームのジュニアユース。
めちゃくちゃ強いに決まっている。

遠路はるばる川崎に着いた。
試合が始まる。
1分もたたずして、その力の差がわかった。
当時、自分たちが経験した中学サッカーというのは、
パスを回すと取られるので、バックもハーフも
フォワードにロングキックを蹴るだけだった。
しかし、読売クラブジュニアチームは、中央でパスを
ぽんぽんつないで、1対1でもどんどんかわしてくるし、
あっという間にキーパーと1対1になって、
かわされてゴールを決められた。
私は4-3-3の右のフォワードで出たが、
ほとんどボールが来なかった。
読売も監督が見ている手前あってか、手を抜かず、
結果14対0で負けた。

試合後、コーチからコメントがあった。
「お前ら、もう少しやれると思ったのにな。」
自分で試合組んどいて他人事のようである。
全員、電車の中でひどくへこんで帰った。
とても苦い思い出だった。

ここで思い出すドラマがある。
学園ドラマ「スクール・ウォーズ」の1シーン。
高校ラグビー部顧問の滝沢先生が、大会での試合を109対0で負けた後、
ロッカールームで選手たちに言う台詞がある。
そのときの選手たちは、「あ~あ、負けちゃたよ。」
「結局俺たちはそんなもんだよ。」と言っていた。
滝沢先生はしばらく、その選手たちを見ていた後、
涙を流しながら「お前たち、悔しくないのか!」と叫んだ。
うなだれる選手たち。
しばらくして、選手の一人、森田が「悔しいです!」と叫んだ。
他の選手たちも、口々に「俺も悔しいです!」と叫んだ。
選手も監督も全員涙のシーンだった。

サッカーが好きでたまらず、一生懸命練習して、
長く続ける人には必ず、格上と対戦する時が来る。
そして、大敗するときが来たとき、
その負けを精神的にどう受け止めるかは重要だと思う。
スクール・ウォーズを見ていたとき、どうせフィクションだろうと
思っていたが、友人から「あれは実話だ。」と聞かされたときは
大変ショックだった。

大敗したとき、本音を言えば、めちゃくちゃ悔しいのだ。
しかし、泣き叫ぶなどかっこ悪くて出来ないし、建前のところで
「しょうがない。」となってしまう。
中学生のときの私は残念ながら、「しょうがない。」
となってしまった。

重要なことは、泣く泣かないの形ではなく、
「めちゃくちゃ悔しかった!」という本音を忘れないことだ。

大敗が大火傷になるか、カンフル剤になるかは、選手の受け止め方に
かかってくる。


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